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「勿体ない」の心の欠如
日本の食について

現在、日本の食料自給率は40%を切っています。よって外国から大量の食物を輸入しています。
その日本でまだ食べられるのに捨てられている食品がたくさんあります。
その数は、年間に500~900万トンと言われています。
スーパーなどの店舗で,そのほとんどの食品が販売されています。
その販売店では独自で販売期限を設定していますが、その販売期限が過ぎるとその商品は棚から下ろされて捨てられてしまう運命にあります。
販売店側は、安心して食料品を食べて頂く為と説明しています。
しかし、この商品は賞味期限が来ていないものばかりです。日本の販売店の中では1/3ルールというのがあります。 1/3ルールとは、「賞味期限までの期間を3等分し、1/3を納入期限、2/3を店頭での販売期限」とする商慣行です。賞味期限まで2/3を越えれば「まだ食べられるはずの食品」が店頭から撤去されるのです。まだ食べられるというのにです。
昨年5月、全日本菓子協会が菓子メーカー4社に聞き取り調査をしたところ、出荷額ベースで平均1・1%が返品されているといい、このうち99・5%が廃棄処分にされています。返品の割合は一見少なく見えますが、菓子業界の年間売り上げは約3兆1000億円、返品額は300億円を超します。
このように、まだ食べられるのに廃棄処分されていくことを食品ロスと言います。この問題に取り組んでいるのが、NPO法人の一つで、名前をセカンドハーベストジャパンというところです。そうした、まだ食べられる食品をスーパーから引き取り、施設などで食べて頂こうと取り組んでいます。
この団体が取り扱っている食品が年間に1600トン、金額にして9億6000万円もあります。
それでも、全国の食品ロスのうち活用されているのは、1/1万しかありません。如何に食品を無駄にしているのかということではないでしょうか。
食料自給率が40%を切っているこの日本で起こっているのです。
これらは、日本古来の感謝の心が忘れ去られているからだと思います。
食品も、『食べられない』のではなく、『売れない』から捨てられているのが現状なのです。
賞味期限や消費期限等がまかり通って、「もったいない」という心が日本人の心から消えて来ているのです。
家庭からも、生ごみの中に沢山のまだ食べられる食品が出されているのです。この食品ロスが全体の1/3も出ているという事実は、心の欠如以外にはありません。
企業も家庭人も心が歪になった証拠が、「もったいない」の心を忘れていることです。
食は豊かになったが心は貧乏になったのが、今の日本人なのです。
「命を頂いている」という気持ちが日本人の心から消えて来ているのです。
「もったいない」という日本古来の日本人の心が消えて来ているのです。
                               
私事ですが、私の家では生ごみがほとんど出ません。全部頂くからです。
私の家は陰陽料理を実践し、それを教えさせて頂いています。
その内容は、食材は丸ごと食べることを基本としています。根菜類も皮をむくことはありませんし、少し残ってもだしを取ることに使ったり、パンを作る時に練り込みます。丸ごとその食材の命を頂くことが基本なのです。
油料理も、てんぷらなどは殆ど油を使いません。わずかな量で揚げてしまいます。それでも油が少しは残りますが、その残った油を利用してきんぴらを作ったり、大学芋を作ったり、全て使いきってしまいます。
油はすぐ酸化する為に、酸化した油を体内に入れない方が良いことからこのように使いきっているのです。また廃油を出さないことが自然と調和する料理法と思っているからです。
全て頂くということは、「もったいない」の精神を台所で生かすことになります。
そのような料理を食べることは、家族中が「もったいない」の心を養うこととなります。
私の家からは、食べれる食品が捨てられるということはありません。
食材を全て生かすことを大切にする料理をしているからです。
神道の心に、「嬉しい・楽しい・有難い・もったいない」という言葉がありますが、世の全ての人々が、この神道の心を身につけることができれば、この歪んだ日本が本来の素晴らしい精神を持つ国となるのではないでしょうか。
「もったいない」は世界に認められている言葉です。
今世界で一番もったいない国が日本なのではないでしょうか。
今こそ「命を頂いている」からこそ「いただきます」という日本人の心を取り戻す必要があるのではないでしょうか。
「もったいない」の心をもう一度日本人だからこそ持つべきなのです。

「嬉しい・楽しい・有り難い・もったいない」という神道の心を日本人の皆さん身につけましょう。









  • このエントリーのカテゴリ : 神道
最近は登山ブームなのですが、いったい何のために登山するのでしょうか。
確かに山頂にての眺望は素晴らしいものです。
またそれに至る山道脇に咲き乱れる高山植物を見るのも楽しいと思います。
また険しい崖に挑みロッククライミングを楽しむ人もいます。
しかしそれらの人は、ただ自らの欲望を満たすためにだけ登山しているにすぎないのも事実です。
本来山々の頂には、古来より神々が祀られてきました。
其の神々に敬意をはらい、山に登る前には、其の山の里宮に詣でて、神の許しを得た者だけが山の頂に登って来たのです。
其の時には登山と言わず登拝といいます。
昔の人は、まず里宮に参拝し、山の頂にある祠に参拝し、五穀豊穣を祈り、また雨乞いをし、神々に祈願するために登拝しました。
ところが今は、里宮にも参拝せず、自我欲求の為にだけに登る登山者が増えてきました。
よって神の怒りにふれ、遭難する人が後を絶ちません。
山々は自我欲求の為にあるのではありません。
私たちは山々の恵みによって生かされていることを忘れてはなりません。
緑深い山々は水を蓄え、空気を循環し大きな働きをしています。
古来の人はむやみに山深く足を踏み入れることはしませんでした。
高い山の頂は神が降臨しやすい場所なのです。
つまりそこは聖域なのです。
山に登るのなら、まず里宮に参拝し、山頂に着いたなら、そこに祀られてある祠に手を合わせ祈願するくらいの心得があってほしいものです。
日本人ならこのことを知っていてほしいと思います。
先日春日大社宮司の葉室さんの本で面白いことを書いてあったので紹介します。
これは私も常々思っていることなので皆さんに是非お知らせしたいと思い書きました。
日本語というのはその音に深い意味があります。
漢字はその音に中国から取り入れた漢字を当てただけのものです。
漢字の意味を難しく言う人がいますが、日本語はその音の方を重視すべきなのです。
母という言葉がありますが、この母も「はは」と読みますが、これを音だけで言うと「はぁはぁ」と発します。
「は」という言葉は、葉っぱの意味で、葉っぱは、この地球で発する炭酸ガスを、葉の葉緑素の力で酸素に変換しよみがえらせます。
日本語の「は」というのは、よみがえるという言葉なのです。
ですから、「はは」というのは、子供をよみがえらせる力を持つ人。
子供を産む人と言う意味なのです。
まさに「はは」という存在があってこそ人類が存続できるわけです。
英語ではYESであって、ただの返事ですが、「はい」というのは、単なる返事ではありません。
「い」というのは、命のことを言います。
ですから、「はい」というのは、いのちをよみがえらせる言葉なのです。
日本語というのはまさに神の言葉なのです。
「はは」が「はい」ということにより、こどものいのちがよみがえり、立派な子供が育つことになるのです。
奥さんが御主人のことを尊敬して、「はい」と言えば、それが子どもに伝わり、生命がよみがえり、親を敬い尊敬する心が生まれてきます。
「はい」という言葉は、まさに魔法の言葉なのです。
いま日本がおかしくなってしまった原因は、この『はい』と言えない母親が増えてきたからだといってもいいと思います。
一口多く家庭は乱れるという言葉がありますが、これは「はい」という言葉を忘れた「はは」からは一口多く家庭不和の原因となるのです。
世の母親は「はい」を口癖にしたいものです。
日本人は「うれしい」「たのしい」「ありがたい」「もったいない」の心を養う事です。
この心が持てれば、「はい」がたのしく言えるようになります。
癌とか重篤な病気に対し、闘病生活に入るとか闘病中であるとか言う言葉をよく聞きますが、果たしてこの闘病と言う言いかたは正しいのでしょうか。
この世に原因の無いものはありません。
その原因に注視すること無く、ただ症状のみを訴え、その症状を抑えることにのみ躍起になっているのが現在の医療の現状ではないでしょうか。
そもそも病気というのは、自分の心が歪むことにより、食生活の乱れを起こしたり、運動不足を招いたり、自らの精神状態を混乱させたあげくストレス状態となったり、あるいは心の低下より幽界の霊を憑依させたり、先祖の因縁を受けたり、様々な要因で起こるものであるが、おおむね自分の心の問題である。
ガンというのは、その人の心と体がガン体質になったことから起こるものです。
人は心が汚れると邪気が発生し体の中に溜まります。
邪気が溜まれば体は動かなくなってしまいますから、このガン細胞がその邪気を体から排出させる為に孤軍奮闘してくれるのです。
だが心が我欲と傲慢と頑固の渦に包まれてくると、その邪気はどんどん生産されるからどんどんガン細胞も増えてくることとなる。
いわばガン細胞は自分の体の邪気排出の為精一杯努力しているわけだ。
ガンと闘うということは、自分の体の為に働いてくれているガン細胞を敵とみているわけだから、自分の体の正義の味方を追い出すことに繋がるのだ。
そのガン細胞を取り除いても、根本治療にはならない。
自分の心と体を正しくしない限りである。
自分で作った病と闘うなどと考えてもおかしいことだと思いませんか。
自分と闘うということなんですよ。
闘病するのではなく、ガン細胞と仲良くなることが大事なのです。
自分の心の在り方や、言動が常に感謝と共にあり、食生活が正しく、姿勢を正しく、適度な運動をして良い気を体に流していれば、心に邪気が溜まるようなことはほとんど無いでしょう。
神道の言葉に、嬉しい、楽しい。有難い。勿体ないの心で過ごせば、体に病は起こらず、日々を幸せに生きることができると言われています。

私の家では、11月となると白味噌作りが始まります。

DSC011711.jpg


白味噌は上品でとても美味しく、香川ではお雑煮もこの白味噌で食べます。
そもそも味噌とはこの日本の誇る発酵食品なのですが、多くの方が御存じ無く、単にヨーグルトなどから発酵食品を摂っているだけのような気がします。
味噌 ⇒ 身礎(みそ) ⇒ 身の礎(いしづえ)としての働きをする
                身を養う
米や大豆は五穀の中でも我々の食生活には欠かせない大事な食材です。
陰陽の中心である中庸食品である米と大豆を使い、さらに祓いの力のある塩を練り込み、そして発酵させることにより菌力の働きを合わせた素晴らしい食品なのです。そのエネルギーは何物にも打ち勝つものなのです。
戦国時代は、兵糧として、何を忘れても味噌だけは忘れるなと言われていました。
味噌の持つ栄養と、その持つエネルギーは体のエネルギーを高めます。
大豆には必須アミノ酸がすべてそろっています。また米には、リジンやスレオニンが不足していますが、大豆には多く含まれています。
この米と大豆の組み合わせにより、素晴らしい高蛋白食品となったのが味噌なのです。
肉を食べるよりもはるかに高タンパクを食することができるのです。同じ量なら肉の倍くらいのタンパク摂取が出来ます。
また大豆は、レシチンを多く含み、その働きは脳内ホルモンのアセチルコリンを作り、記憶を良くすることは良く知られています。
また血管のパイプスルーの働きがあり、常に血管を若くする為にも大事な食品です。
まさに味噌はスーパー食品なのです。
そんな大事な味噌であるのに、皆さんが買い求めているスーパーのパック詰めの味噌は死んでいます。
これらの味噌は、味噌の中の微生物が再発酵して炭酸ガスを出すのを防ぐために、加熱殺菌して、折角の生菌を殺してしまっています。
これでは何のための発酵食品なのかわかりません。
従って、これらの味噌からは酵素などの生菌効果は期待されません。
味のついた単なる味噌に似た調味料にすぎないのです。

何度も言いますが、生きた味噌でなければ味噌ではないのです。

発酵食品は、原料となる食材の成分が消化吸収されやすいこと、さらに酵母など有用な微生物を体内に取り入れることで、健康増進に大きく寄与されています。納豆、味噌、醤油のように、日本独特の伝統文化、湿気の文化から生まれた発酵食品が、西欧の食事に押されて無視される傾向にあることは、実に嘆かわしいことであるし、また日本人にとっては、大きなマイナスと言えると思います。
日本人は味噌を食べて元気になろうではありませんか。
 

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